【夏の東京展示めぐり】

みなさま、いかがお過ごしでしょうか。

台風接近時の方が湿度が高くても風がある分、まだ過ごしやすかった気がします。
京都ではまだまだ、湿気でじんわりと嫌な汗が浮かびます。

夏はまだ続きますので、こまめな水分補給と適切な冷房の使用でお体大事にお過ごしください。

 

 

さて。先日、東京に足を運んでまいりました。

目的は上野は東京国立博物館にて開催中の【特別展「縄文-1万年の美の鼓動」】と、
丸の内は三菱一号館美術館にて開催中の【ショーメ 時空を超える宝飾芸術の世界】でした。

 

 

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その起こりから終わりまで、実に一万年続いた縄文時代。思い浮かぶのは縄文土器や土偶ですよね。

この頃の人々は「狩猟採集民族」として、山河や海などからの恵みを得て生活していたようです。

植物で編んで作ったポシェットのようなものに、
くるみの殻が遺っていたというものの展示もありました。

現在国宝に指定されている六件すべての縄文土器が一堂に会する機会はめったにないそうなので、
お時間ある方は是非足を運んでみてください。

驚いたのは、土器の保存状態です。5000年から6000年前に作られた土器が、
完璧な状態でそこにあること。

当時の人々の自然観や美的感覚の肌触りを感じたように思いました。

わたしは火焔土器が好きなのですが、作られたばかりのような欠損のない美しいままの火焔土器が
十数点集められたブースでは、ガラスもない状態でじっくりと鑑賞できたのは大変な僥倖でした。

口に向かってゆるやかなラッパ型に広がってゆく形と、立体的な装飾などの基本の様式は同じなのに、
よく見ると一点一点が全く異なる装飾が施されていました。

紙も、何かを記す手段や概念そのものなどがまだ無い時代、
頭の中で作り上げた形を手で正確に出力する、その難しさは想像を絶します。

素材が粘土であることを考えると、乾燥との戦いでもあったでしょう。

ひとつひとつの完成度の高さ、圧倒的な存在感、何か超越された感性を感じました。

また、基本的な様式が決まっていることから、
縄文中期に制作された火焔土器というのは誰かが自由に作りだしたものではなく、
土器職人たちが統制された上で厳密な決まりの中で作られたものだろうことが窺えます。

至近距離で鑑賞することで、使用された土の色や、焼成時に自然にできた変色、
何より殆どの土器がきらきらと(文字通り!)輝いているのを見ることができました。

土器の輝きの正体は、わざとそうしてあるのか、それとも自然に混ざり込んだのかは謎ですが、
雲母(鉱物の一種。ミルフィーユのように多層構造で一枚ずつ剥離する)だそうです。

 

一部の土器には、どのように作ったかの痕跡なども見られました。

ろくろのような便利な(あるいは大量生産をするための)物はない時代なので、
紐状にした粘土をくるくると筒状に重ねて成型し、縄を押し付けたり、
道具で引っかいたりして模様をつけていたことがわかりました。
模様も、頭の中で考えたものを直に刻んでいたのかなあと考えると、その技術力に愕然とします。

当然、現代のように紙やデータ上でデザインを考えて、
などといった手間がないので、すごく感覚的で、それでいて規則的なんですよね。

特に火焔土器などは縄文時代独自の美的感覚の飛躍があった頃のもののようですが、
シンメトリーとアシンメトリーが混在し、かつ調和している妙があります。

タイムトラベルができる時代になったら一番に縄文中期に行きたいなーなどと考えておりました。

 

出土した場所が変わると、漆を使用し鮮やかに着彩された土器もありました。

縄文時代ひとくくりの中に実に多様な形、文様、これらの流行り廃りや、土器土偶が流通することで
その意匠が模倣されていったことなどが多数の展示品の中から読み取れました。
とにかく自由奔放で、たいへん面白い特別展だと感じました!

中でも気になったのは、粘土板に赤ん坊ほどの大きさの手形や足形を捺しとられたもの。
これほどまでに生々しく、人間の気配を感じられるものは他にはありません。

今でこそ、子供の手形足形はその子の成長の記念のためにとっておくようなものですが、
縄文時代はどうだったのでしょう。

寿命も短く、また生活は厳しく、長く生きられずに亡くなった赤子を偲ぶための
遺品のようなものだったのではないかとあり、胸が締め付けられるような思いでした。

土器のほかに展示されていた土偶はそのモチーフのほとんどが女性のようで、
妊娠して大きくなっていくお腹や、出産の様子を表した土器、
お守りサイズの小さな土偶など様々なものの展示がありました。

現代人の想像を絶するような環境下での生活をしていた縄文時代の人々の関心がどこにあったのか、
どのように思い、感じ、考えて、大事にしていたのかとはるか昔に思いをはせる至福の時間となりました。

 

展示後半にて、岡本太郎氏の太陽の塔を彷彿とさせる土偶などがあったのですが、
展示終盤にて岡本氏が縄文時代の遺物に大変影響を受けていたことも示されていました。

この展示構成の妙にはうなりました。縄文土器は芸術の為に作られたのではないでしょうが、
今にも伝わるものがたくさんあること、どこか異世界のように感じていた縄文時代も、
地続きで現代に繋がっていることを感じさせてくれます。

かの有名な「芸術は爆発だ」という発言や、氏が芸術を通して伝えたかった
「生きることそのもの」の根源を垣間見たような心地で博物館を後にすることとなりました。

 

【特別展「縄文-1万年の美の鼓動」】 は九月二日まで、東京上野、国立博物館にて開催中です。

期間は残り少ないですが、お時間のある方は是非ご覧になってくださいね。

 

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縄文展の翌日に訪れたのは、丸の内の三菱一号美術館。

先史時代に作られたものを観た翌日に、
ここ数百年で飛躍的に向上した宝飾芸術の展示を鑑賞しました。

対比的でとても面白いなと思って、そのように予定を組んだのですが。

ショーメというのはいわゆるジュエリーブランドの名前です。ご存じの方もおられるかと思いますが、フランスで1780年に生まれたそうです。

そして、皇帝ナポレオンや皇后ジョゼフィーヌなど、
ヨーロッパ各国王室の御用達として様々な宝飾品を手がけました。

 

展示品の贅を凝らした宝飾品の数々といったら!息をのむほかありません。
極限的に高められたものというのは、本当に、筆舌しがたいです。

五つのセクションに分けられ、順番に観ていくのですが、
やはり来場されているのは圧倒的に女性のお客さまでした。

一ミリほどの細かな真珠を千と万と連ねて房飾りにしたものや、カメオ、インタリオ、
宝石の種類も多種多様。中にはカラーガラスのものも。

ミクロン単位の繊細な彫刻だとか、計算し尽された完璧なティアラのデザイン、
宝石の色選びや配置、配色。

ひとつのジュエリーに対して注ぎ込まれた圧倒的な情報量と、
惜しげなく費やされた職人たちの凄絶な技術、技術、技術!

文字通りの「言葉を失う」というのを体験しました。惹き込まれ、圧倒されてしまって、
本当に何にも言えなくなっていました。

 

連日、わたしの展示巡りに付き合ってくれた友人は大変鋭く、また高いレベルの美的感覚があり、
思考力、思考深度、それらを的確に伝わるように言葉や形にする
表現力や伝達力に長けるお人なのですが、その彼女ですら口を噤んで夢中になっていました。

皇后ジョゼフィーヌや、皇帝ナポレオンの二人目の皇后の姿絵に描かれた衣服や備わる装飾品に関する構造などは、ファッション方面の出身である私が説明するところもありましたが、
それも当然のように力及ばず。二人して一生懸命に観てはため息を吐いておりました。

周りの他の女性たちも、めいめいに鑑賞してはため息を吐いておられたので、
感心するばかりの展示であることは間違いないでしょう。

 

実物の宝飾品のほかに、デザイン画などもあり、このあたりでは二人してやっと安堵の息を吐けました。私たちは二人とも、デザイナーの経験があったためです。

身を置いていたジャンルは違えど、デザイン画というのはいわゆる紙面上の「計画書」ですから、親近感を感じ取れるんですね。

とはいえ、フランスはじめヨーロッパ各国の王室を相手にしていたジュエラーのデザイン画は、
もはやそのものがアートの域に達しているのですけれど。

中には「中国風(シノワズリ)」や「日本風(ジャポニズム)」のものがありました。

わたしたちが驚いたのは、きちんとそこを分離して理解されていたこと。

諸外国の方から見たアジアというのは、殆ど同じように見えても仕方のないものだと思いますし、
インターネットがこれほどまでに発達した現代においても混同されがちな部分もあるというのに、
ショーメにおけるデザイン画では、はっきりと別物として扱われており、
デザイナーの観察力や感性の精度に圧倒されるばかり。

インターネットも何も無い全てがアナログな時代に、
きちんとこれらを区別して考えられていたことや、
考えられる環境にあったことなどを推察するに、エスプリの世界というのは本当に……
珠玉のものが(物品にせよ、情報にせよ)集まるのだなあと感じました。

【ショーメ 時空を超える宝飾芸術の世界】 は九月十七日まで、東京丸の内、三菱一号美術館にて開催中です。

館内は展示品保存のため肌寒く感じる温度に設定されております。

貸し出し用のショールなどもございますが、体温調節のできる薄手のカーディガンなどをお持ちになるとよいかと思います。