【二人天人の打敷】

こんにちは、いかがお過ごしでしょうか?
二月の終わりころからぽつりぽつりと咲き始めた早咲きの桜がもう終わりです。

最近は帰り道、どこからか沈丁花の香りがそろりと香ってくるのを感じます。
日中の日射しは汗ばむほどになってまいりましたが、夜はまだ少し冷えますね…

寒暖の差で風邪など召されませんようお気をつけてお過ごしくださいませ。

まことに勝手ながら、刺繍職人日記は今後しばらく、月二回程度の更新となる予定です。
お含みおきくださいますようお願い申し上げます。

さて、最近仕上がった【二人天人の打敷】をご紹介いたします。


before

もとは対角に紋が配置された、四角い形の珍しい打敷でした。

経年により、傷みやすい黒と茶色の糸が触ると粉と化すほどで、
生地もほんの少しの力で裂けてしまうくらいの傷み具合です。
天人のお顔はちりめんの布に墨で描かれ、唇だけが糸で刺してありました。


after

残せる部分は極力残し、新しくお仕立てした塩瀬に載せ替えいたしました。

弊社オリジナルの載せ替えは、読んで字のごとく従来の刺繍を
新しくお仕立てした厚みのある塩瀬に移し替える技術です。

絹という素材は、古来より現代に至るまで人々を魅了し続け、
好まれて重宝されてきた美しく素晴らしいものですが、
その性質は動物性繊維であり、主成分はタンパク質です。

近代発明品である人工繊維ポリエステルを身の回りの物からプラスチックのようなものと例えると、
絹は生肉のようなもの。繊維なのでもちろん腐敗などしませんが、
二つを比較することで傷みやすさの違いが想像しやすくなるのではないかと思います。

 

ご寺院様に代々伝えられ、想いの込もった刺繍打敷がどんなに貴重な物であるか想像するに余りあることを、我々職人は常に考えさせられます。

繊維の世界において、絹ほど繊細で美しく扱いの難しいものは他にありません。
日光や熱に弱く、耐久性が低く、変色しやすく虫に食われやすい。

高価なうえ管理にも気を使うものですが、
これを凌駕する美しさに魅せられるがこそ滅びることなく伝わっているのだと考えます。

打敷が製作された時代に思いを馳せながら、今後も尽力する所存であります。

全ての印象を決定する顔。眉毛にひと針いれるだけで大きく変化してしまう極めて繊細な部分です。

もともとのちりめん製のお顔を残すべく奮闘したのですが、これも当然絹製だったろうと思われ、
やはりというべきか素材そのものの傷みが大きく、
修復している間にほろほろと駄目になってしまいました。

このため、顔部分は生成色のちりめんを腕の色と違和感ないよう
合わせて加工したものを使用して作り替えました。
お顔そのものは従来のものから図案を写したのですが、紙に写し取った図案を布に写し、
またさらにその上を刺繍することから、図案をそっくり写しても、
全く違和感ない同じものを再現することはできず、
手仕事である性質上再現することというのは極めて難しいということを痛感させられます。

従来の刺繍では生地を刺繍ごとはぎ合わせた腰あたりの部分が分断された感じが目立つため、
刺し替える際に工夫し、直に刺したように繋げて修復しています。

こちらの天人の緑の糸は従来のものに手を加えず、裏から観察すると
もともとは右側の天人と同じに上掛け模様があったことがわかったので、
製作当時の姿に近づくよう再現しました。

上衣は保存が難しいほど傷んでいたのでまるごと刺し替え、模様を付加しています。

左側の天人が上衣が駄目で下衣が大丈夫だったのと対照に、
こちらの天人は上衣が大丈夫で下衣が駄目でした。

上衣はこれ以上摩擦を受けたりして傷まないよう、もとは無地だったところに模様を付加しました。
押さえることで使用時広げたりたたんだりする際の糸への直接のダメージが軽減されます。

下衣は糸そのものが傷んでいたので全て取り払い復元しました。
最も傷みやすい黒糸で刺された髪部分も、新しい糸で復元しています



この打敷の面白いところは、雲のデザインにも発揮されています。

殆どの場合は散雲として独立したものを配置し、無風で安定した穏やかな様子が表現されますが、
こちらは左右から流れてきたかのような躍動感のある雲です。

もとのサイズから、卓に合わせて大きくしたサイズで載せ替えしているため、
刺繍の配置を少しずつ調整しました。
仕上がりたてのため余白があって半端に見えるかもしれませんが…。お仕立て上がりが楽しみです。

写真3枚目の雲などは、もくもくと立ち昇る夏の入道雲のようではありませんか?
図案にはその当時の職人さん、時代性や価値観、美観が反映されます。

わたくしたち職人は、目の当たりにする古くからの打敷によって、
温故知新の言葉の意味を日々学ばせてもらっています。